業界の裏側

名駅の居酒屋がモーニングを始めた理由——最低賃金1,195円の朝

2026年9月23日 (水) 業界の裏側 編集部

10月1日、愛知県の最低賃金が1,195円になる。55円の上げ幅は過去最大級だ。名古屋は総務省の家計調査で喫茶代の支出が全国1位(2025年分・年20,276円)の街だが、掲載4,768店の営業時間を実測すると9時前に開く店は172店、全体の3.6%しかない。朝は儲からない——その常識の内側で、名駅の居酒屋が6時30分に暖簾を出し始めている。

名駅の居酒屋がモーニングを始めた理由——最低賃金1,195円の朝
Photo: 店舗公式写真 / Google Maps

この記事はNAGOYA BITES — 名古屋の厳選1,100店超を業界視点で紹介するグルメガイドの一部です。

朝の1時間だけは、割増が付かない

10月1日、愛知県の最低賃金が1,195円になる。上げ幅は55円で、県内およそ26万人に影響すると試算されている。飲食の現場でこの55円がどこに効くかというと、効き方は時間帯でまったく違う。労働基準法は22時から翌5時の労働に25%以上の割増を課しているので、深夜の1時間は最低でも約1,494円になる。逆に言えば、朝は割増が一切付かない唯一の営業帯だ。賃上げ局面で夜を1時間削って朝を1時間足す判断が出てくるのは、同じ人を同じ時間使っても、夜の1時間だけがもう一段高いからである(深夜側の構造は深夜料金7%の回で分解した)。

それでも、9時前に開く店は172店しかない

ところが名古屋の朝は、思われているほど厚くない。当サイト掲載店のうち営業時間が判明している4,768店を機械的に数えると、9時前に開く店は172店、割合にして3.6%だった。8時前になると88店、7時台以前は80店まで落ちる。172店の内訳はカフェ・スイーツが84店で約半分、次が居酒屋の30店だ。「モーニングの街」の実体は、全店の3%台に集中した少数派の営業である。

需要が無いわけではない。総務省の家計調査(2025年分)で、名古屋市の1世帯あたり喫茶代は年20,276円で全国1位。それでも店が増えないのは、朝の客単価と回転が読みにくいからだ。喫茶のモーニングは500〜1,000円帯で、ドリンク代にトーストとゆで卵が付く形が名古屋の標準形になっている。1時間あたり1,195円の人を1人立たせるだけで、単価600円の客が2組必要になる計算だ。コーヒー生豆は2026年に6年ぶりの需給緩和が見込まれているが、1杯の値段は高止まりが続く見通しで、原価の側から助けが来る見込みも薄い。

業界の答えは「朝単体で取らない」である。X上で名古屋の喫茶文化を説明した投稿が的確で、モーニングで儲けようとは思っていない、コーヒーチケットを買って常連になってくれれば利益が出るという構造だ。朝の粗利で採算を判断すると、名古屋の喫茶は全部赤字に見えてしまう。回収を昼のパフェや夕方のチケット消化に送っているだけで、判断の単位が1回の来店ではない。

名駅の朝を取りに行く、正反対の2つの設計

その中で、夜の店が朝に出てきた例がある。名古屋駅3番出口から徒歩2分の治兵衛 名古屋駅店は、掲載されている営業時間は11時30分〜翌0時(金土は翌2時)、80席、平均予算3,001〜4,000円の炭火焼き鳥の居酒屋だ。この店が朝は「治兵衛のあさげ」として別営業を持っている。じゃらんニュース(2026年6月19日)によれば6時30分開店、味醂粕に漬けた銀だらか銀しゃけを選ぶ朝定食が1,980円、土鍋炊きのご飯はおかわり自由。炭場と土鍋という夜の設備を、稼働していない時間にもう一回転させる設計で、喫茶の単価では届かない1,980円を朝に置けるのは、夜の仕込みと火入れの延長で出せるからだ。

正反対の設計が、名駅2丁目のおむすび処 糀太郎。9時〜14時30分・土日祝休み、20席・全面禁煙、ランチ1,501〜2,000円。夜も深夜も持たず、オフィス街の平日だけで閉じている。深夜割増ゼロ・週5日・20席という、10月の賃上げの影響が構造的に最も小さい形だ。夜を持たない店は人の頭数も夜の家賃負担も要らない代わりに、平日の朝と昼で席を埋めきる必要がある。名駅のオフィス需要という読める母数の上でしか成立しない設計でもある。

来春、朝の一杯はコンビニと差が開く

もう一つ、朝の店に効いてくる制度がある。2026年9月15日に閣議決定された大綱で、2027年4月から2年間、軽減税率対象の飲食料品の消費税が1%になる。ただし外食(店内飲食)と酒類は対象外で10%のままだ。つまりコンビニで買うコーヒーとパンは1%、喫茶店で座って食べるモーニングは10%。来春以降、名古屋の朝は「座る」ことに9ポイント分の価格差が付く。朝営業を持つ店にとっては、この9ポイントを空間と手間で説明しきれるかどうかが分岐点になる。治兵衛の1,980円も糀太郎の20席も、その方向の答えだ。

おむすび処 糀太郎(名古屋(名古屋駅)の店舗写真
Photo: おむすび処 糀太郎 — 店舗公式写真 / HotPepper

読者側の使い方

1. 朝営業は検索で見つからないと思っておく。治兵衛の掲載営業時間は11時30分〜のままで、朝の枠は予約サイトの時間欄に出てこない。直近で朝を始めた店ほどこの状態になりやすいので、行く前に公式SNSか店頭表示で確かめるのが確実だ。

2. 一人の朝食なら、朝だけの店より夜の店の朝営業が空いている。喫茶のモーニングは7〜9時に客が集中するが、居酒屋の朝営業はまだ知られていない。80席の箱が朝に20人しか入っていない時間帯は、出張前や打ち合わせ前に一人で使うには都合がいい。

3. 常連化前提の店では、チケットの有無を先に見る。コーヒーチケットを置いている喫茶は、回収を後ろに送る前提で価格を組んでいる。週2回以上通う店なら、単価より先にチケットの単価を比べたほうが早い。

名古屋のモーニング特集と名駅エリアガイドもあわせてどうぞ。

Inside Perspective — 業界人の目利き

  • 朝は深夜割増25%が付かない唯一の営業帯。賃上げ局面で夜を削って朝を足す店が出るのは、同じ時給でも夜の1時間だけがもう一段高くなるため。
  • モーニングの採算は「その1回」で見ない。コーヒーチケットと常連化で回収を後ろに送るのが名古屋の商慣習で、朝単体の粗利で判断すると読み違える。
  • 朝営業は予約サイトの営業時間欄に載らないことがある。治兵衛の掲載時間は11時30分〜のままで、朝の枠は検索では見つからない。朝を狙うなら店の公式SNSか店頭表示で確かめる。
01

治兵衛 名古屋駅店

居酒屋 名古屋(名古屋駅/西区/中村区) ★4.0

名古屋駅3番出口から徒歩2分、80席。夜は翌0時(金土は翌2時)まで回す炭火焼き鳥の居酒屋が、朝は「治兵衛のあさげ」として別営業を出す。平均予算3,001〜4,000円。

02

おむすび処 糀太郎

創作料理 名古屋(名古屋駅/西区/中村区) ★4.7

名駅2丁目・名古屋プライムセントラルタワー1F、20席・全面禁煙。9時〜14時30分、土日祝休み。夜も深夜も持たず、平日の朝と昼だけで閉じる。ランチ1,501〜2,000円。